2020年11月23日
栃木県の足利行道山に行ってきました。標高は442mです。
栃木県南西部の足利市にある里山です。中腹にある行道山浄因寺は葛飾北斎の作品でも知られ、紅葉の名所で知られています。いくつも山が連なるので、足利アルプスとも呼ばれています。
今回は、「歴史のまちを望むみちハイキングコース」、行道山浄因寺から織姫神社をつなぐ6.7キロのコースを歩きました。
栃木県宇都宮出身ですが、足利は遠足で1回行ったきりでした。昔は、高速がなかったので、県内でも2時間以上かかるので、それだったら東京へ行くとなります。なので、あしかがフラワーパークの藤を見にったりなど、大人になってから訪問する機会が増えた街です。
調べてみるとハイキングコースがあることを知り、行道山の紅葉シーズンを待って、歴史を感じる足利を旅していきました。
足利行道山・両崖山について
地図
足利市ハイキングマップに掲載されているコースを歩きました。
スタート地点の行道山へは、JR足利駅及び東武線足利市駅より路線バスが出ています。
コースタイム
- 8:43行道山バス停
- 9:11行道山浄因寺
- 9:54行道山
- 11:38両崖山
- 12:23織姫神社
行動時間は3時間40分でした。
歴史のまちを望むみちハイキングコース
足利市駅から「あしバスアッシー」に乗って行道山の入口へ
足利行道山の最寄り駅は、東武伊勢崎線の足利市駅もしくはJR両毛線の足利駅です。隣接はしておらず、渡良瀬橋の対岸にあります。駅名が「市」の有無で、ややこしいので注意が必要。
東京からだと足利市駅に来ることになると思います。
生活路線バス「アッシー」に乗って、まずは行道山に向かいます。午前中は、足利市駅を8時15分発の1便しかありません。
足利なので「アッシー」だと思うけど、バブル期に存在したワード「あっしー君」も掛かってると思うし、このネーミング会議では多くの参加者がそう思ったはず。
ハイキング客が数人ほど乗り込み、両毛線の足利駅でも何人か乗車してきました。
30分程バスに揺られて、8時45分に「行道山」バス停で下車しました。ちなみに終点です。
周辺にはコンビニ・売店がないので、買い出しは駅前で済まさないと詰みです。
バス停から行道山浄因寺は結構離れているので、徒歩40分ほど歩かなければいけません。
果たして最寄りバス停と言えるのだろうか…?
薄暗い車道を登っていきます。途中に公衆トイレがあいました。一応、先にあるお寺にもあります(この時は修理中だったけど)
もうちょっと、境内までバスが行ってくれても…と思いますが、生活路線バスの形態なので仕方ないのでしょうか。
足利県立自然公園ハイキングコースの案内板がありました。今回は行かないけど、名草巨石群のあるコースも気になります。
栃木県の「自然公園おすすめハイキングコース」に掲載されています。こういう県が用意しているハイキングコースを参考にしている人っているのかな。
駐車場に到着。
車で来ている場合、ここからスタートできます。ちなみに、モノレールでも登れるようですが、営業するタイミングは不明です。
「遊歩百選」ってのにも選ばれているようです。
読売新聞が主催の全国にあるハイキングコースらしいです。知らないなぁ…。
ここからは、急な石段を登って浄院寺を目指します。
はっ?!ここも、関東ふれあいの道なのか…。カバー範囲広くて、期間あけずに遭遇すると、手のひらで踊らされている感じがする。
それにしても、色んなハイキングコースを兼務していているので、グルメサイトのステッカーをたくさんレジに貼り付けてある店みたいだ。
大小さまざまな石仏を見ながら石段を登り切ると、行道山浄因寺の山門がありました。
山門をくぐると庭園の雰囲気が出てきて明るくなりました。
浄因寺の解説がありました。要点は以下です。
- 713年に創設された
- 「関東の高野山」と呼ばれる
- 葛飾北斎が「行道山雲のかけ橋」
和歌山県にある高野山に行ったことないですけど、規模にあまりにも差がないですかね…。
浄因寺を上から眺めた風景です。
紅葉する時期を狙いました、見事にハマってくれました。大イチョウの黄色、大カエデの赤色が鮮やかに発色していました。
巨岩の上に絶妙なバランスで建てられているのが「清心亭」です。江戸時代に存在していたようです。基本的には内部公開されておらず、極稀に一般公開されるようです。
下から見ると、岩の上からはみ出して建ってます。大き目の地震があったら、崩れてしまいそう。
岩と岩をつなぐのが「天高橋」と言い、これが葛飾北斎の絵の題材にもなっています。
時間が早いのかも知れませんが、観光客が全くおらず、カメラを構えた人が数人いるくらいでした。
ハイキングする人は、数枚写真を撮って先へと進んでいきます。
どうしてこれを作ろうと思ったのか、大きなお抹茶をカキマゼール(名前知らない)が置いてありました。
奥には一応トイレがありましたが修繕中でした。
隣にはモノレールのレールがあります。モノレールが動いている時は、精心亭が公開されるのかな。
それにしても、昔の僧侶はこんな危険なところにお寺やお堂、茶室を建築したがるんですかね。
とてつもなく巨大な大イチョウが際立ってます。
ちなみに、葛飾北斎は70代中盤でここで絵を描いたらしいので、意外と体力があったんだな…。まぁ、旅を繰り返して、足腰が鍛えられていたんでしょう。
それでは、浄因寺を後にして、ハイキングコースへと入っていきます。まずは、「石尊山見晴台」を目指します。
道中にある石仏の数がもの凄い。
昔の人が仏像をたくさん並べたいという情熱は、今の感覚だと何に当たるんでしょうか。推しのグッツを買って、SNSでアップしたりする行為?
岩々しい登り坂が登場します。
石尊山見晴台=寝釈迦のことだろうか??
岩場の方に看板が向いているので、立ち寄ってみます。
ベンチがあって眺めの良い空間に出ました。ここが、見晴台だろう。たぶん。
標高は200~500mなのでしょうが、栃木県南部の山々が見渡せます。栃木県は、日光・那須エリアだけに山があるわけじゃないのです。
奥の方には、茨城県の筑波山がポツンと見えていました。
寝釈迦がありました。景色を見ながら、チルってますね。周辺は石仏だらけなので、少しだけ探しました。寝釈迦ってタイでは良く見るけど、日本だと珍しいですよね。
寝釈迦からは木の階段を登れば山頂です。
赤城山や日光の山々が見える足利行道山の山頂
行道山の山頂に到着しました。
木の板にマジックで書かれた質素な看板でした。栃木百名山の看板は見つからなかったけど、この時は失われてしまったのかな…。
秋だから葉っぱが落ちて展望が良いのかも知れませんが、西から北側にかけて景色が広がります。特に群馬県の赤城山が目立ちました。奥には日光の山が見えました。
屋根付きの東屋があったり、休憩しやすい山頂です。
しっかりした方位盤もあります。ただ、看板は貧相だけど。
一応、本日の最高峰ではありますが、滞在は僅かに先を進みます。
行道山から下り始めると、10分もしないうちに、車道と合流します。ここからは、大岩毘沙門天の方面に進んでいきます。
毘沙門天を参拝するための駐車場がありました。ここからは、富士山が見えるみたいでした。
大岩毘沙門天に到着しました。
大岩山と言う霊山にあるお寺で、かつての修験道の面影を感じます。
日本三大毘沙門天の一つで、他には奈良の信貴山、京都の鞍馬山とココらしい。本当だろうか。
このお寺では「悪口祭り」という奇祭が開催され、大晦日に「ばかやろう」などを叫び、厄を落としながら新年を迎える行事です。
ヤフ○メ、ツ○ッターなどのユーザが参加すれば、ネットが荒れなくなりそうです。
このお寺で、「疲れたー」、「登り返しだるい」、「来るんじゃなかった」と言っておけば、次の山からは、そんな悪態を付くことが無くなる…わけないよな。
階段を下ると、重厚感ある朱色の正門がありました。
手水舎?に花が浮かんでいて、イチョウの落ち葉と相まって綺麗でした。
大岩山の山頂自体は立入不可なのかなと思っていたら、わき道にひっそりと「剣ヶ峰」と書かれた看板がありました。ここが、山頂なの???
こんなに雑な剣ヶ峰は初めてかもしれない。
それでは、車道から今度は両崖山を目指して歩いていきます。
低山らしく派手さはないけど、安心感のある道です。
木々の背が低いので太陽の光が十分に届き、オレンジと黄色に染まった葉っぱを輝かせていました。
特に名前がついているわけじゃないですが、景色が開ける見晴らしの良い岩がありました。
群馬の方角に向けて、ナイスビューが広がり、このハイキングコースの重要ポイントかも。
真下に車が流れているのは北関東道です。この真下には大岩トンネルがあります。
2000年以降から部分的に開通し、栃木と群馬の行き来がグッと早くなった。それまでは、宇都宮〜高崎は2時間以上かかってたな…。
大岩山〜両崖山の区間は、小さなアップダウンを繰り返します。空っ風が強く吹いている日で、少しづつ疲れてきました。
再び、車道とクロスして登山道へ。
関東ふれあいの道に属していると、看板に距離の表記があるのが有難い。
それでは、今日最後の登り。
裏口から失礼しますという感じで、山頂に到着です。
祠と神社のある両崖山の山頂
両崖山の山頂に到着しました。
行道山からは1時間20分ほど掛かりました。ただ、アップダウンが多かったので妙に疲れましたが…。
平安時代に足利城があったので、山頂は真っ平です。現在は、御嶽神社などの社が設置されています。ご覧の通り、展望はゼロです。
山頂看板がないなーと探し回っていると、木の種類を解説するプレートのサイズでありました。
「足利百名山」ってのがあるらしく、栃木百名山でもやっとなのに、この狭い足利市で正気なのか?と思ったり。
「美しい ふるさと見つめる 両崖山」
伝わることが大切と、捻りもなくストレートな市長作の俳句が置かれてました。
山頂から階段で下ると、「史跡 足利城跡」の看板がありました。1000年以上は経ってますが、人の手によって作られたような斜面をしてました。
山頂で展望が見えなかった分、この展望台からは景色を見ることができます。
自分が訪れた3ヶ月後の2021年2月に、たぶんですがこの展望台で、タバコの不始末により山火事が発生しています。
両崖山山頂付近から出火した山林火災は二十三日間燃え続け、約百六十七ヘクタールを焼失した。延焼地が住宅街に近く、一時は市内三百五世帯に避難勧告が発令され、近くの中学、高校が休校。森林の被害額は約三千二百万円に上った。
当時はトップニュースで報じられていたので、ローカルな里山が「悪い意味」で全国に知られてることになってしまいました。
そんな展望台からは関東平野が一望できます。肉眼では都心部まで見えていました。そして、麓の街と距離が近くて、山火事が発生した時、住人はかなりの恐怖だっただろうなと。
そして、これから織姫神社まで続く稜線です。まだ、結構長い。中央には渡良瀬川の河川敷が見えます。
それでは、下山を開始します。
両崖山の登山は、砂地と岩場が混ざったような道でした。上の方は展望が開けていて、最高に気持ち良い稜線です。
行道山~両崖山の区間と比べると10倍以上は、登山者が歩いていました。老若男女問わずで、文字通りに市民に愛される山でした。
キノコみたいな屋根がある休憩所がありました。
織姫神社と高さ的には同じ位置まで降りてきました。後は平らな遊歩道を歩けば、辿り着きそうです。
アスファルト道になって、ハイキングコースは終了です。
織姫公園もみじ谷という場所があるので、お昼ご飯の時間が迫ってなければ立ち寄りたかったです。
織姫神社の裏手にある駐車場を通過し、織姫神社の境内に入りました。
縁結びの御利益と七色の鳥居、織姫神社を参拝する
織姫神社に到着しました。
これにて、「歴史のまちを望むみちハイキングコース」は終了です。結構な参拝者がいて、観光地の一つになってるんですね。
約1300年前から足利織物が産業が存在し、数百年の時を経た江戸時代に「機織の神社作った方がよくね?」となり、織姫神社が建てられたそうです。
織姫と言うと、七夕の「織姫と彦星」を想像するけど、名前を拝借しているだけなのか、別の存在なのかな?まぁ、その辺は調べても曖昧ですが、七夕の行事をやっていたりするみたいです。
縦糸と横糸を紡いで布(織物)を作るので、それを恋愛に例えられることで、縁結びの御利益がある有名です。
思いついた!!糸を題材にしたバラードを作れば、名曲が誕生しそうな予感がしますね。
境内からは足利の街が見下ろせます。
階段に設置されている提灯は、夜になるとライトアップするので、それを目当てに来る人も多いようです。
表参道とは別に七色の鳥居が立ち並んでいる階段がありました。フォトスポットのツボを押さえていますね。
織姫神社は麓から参拝しようとしたら中々キツイ階段を登らないといけないんです。
というわけで、正午も過ぎているのでお腹はペコペコ。足利の街中へ移動します。
老舗の「銀釜」で釜めし食べて、足利の街を観光する
足利は蕎麦やうなぎ等が有名ですが、今日やって来たのは釜めし料理店の「銀釜」です。大正時代からの老舗だそうです。
正面入口は小さいですが、店内は奥に広くなっています。
釜めしのメニューは20種類以上あり、どれを選ぶべきか時間をかけて悩みました。五目、鳥、海鮮、高いけどうなぎも気になる…冬限定の牡蠣も魅力的です。釜めし以外にも、リーズナブルな丼物メニューもあります。
急須で提供されるお茶がありがたい。11月下旬はなんやかんや寒い。
そして、釜飯が到着です。定番の五目釜飯は、創業当時から存在するのだとか。ホタテ、えび、筍、鶏、卵などなど、迷ったらコレという一品です。
そして、こちらは鳥釜飯です。
香ばしい醤油の匂いだけで、白飯が食べれそうです。王道の甘辛ダレで万人に愛される味。
底の方はお焦げが出来ていて、パリッとした食感が最高です。
お米の旨味と炊飯機の性能は進化し続けているけど、お釜で炊いたご飯の前に全くの歯が立たないよな…。
米の旨さをひとしきり堪能した後は、足利の街を散歩します。
大通りから一本外れた道には、蔦が侵食した映画館や営業しているかわからない銭湯など、昭和で時が止まったままの風景が残っています。
一応、銭湯はやってるみたい。
足利の中心にある全く漢字が読めない「鑁阿寺」を見学します。「ばんなじ」と読みます。
鎌倉時代の古いお寺で、元々は足利氏の館だったそうです。足利氏が隆盛した室町時代のことについて、学校で習ったこと何も覚えてないや…。印象薄いんだよな。
境内にはかなりの人が参拝していましたが、境内にある樹齢650年の大イチョウの紅葉がお目当てのようです。奥にある塔よりも大きいです。
落葉も進んでいて、木の周辺は一面真っ黄色になってました。東南アジア人が熱心に写真を撮ってるのが目立ちました。
せっかくなので、日本で最も古い学校として知られている足利学校を見学しました。人がいっぱい訪れる週末にも関わらず、無料開放していました。
小学生の頃に遠足で来たなー。
日本最古とは言われていますが、記録が残っているのは室町中期で、いつ設立されたのかは現在でも謎なんだとか。
足利の観光も終えて、渡良瀬川を歩いて、足利市駅に戻ります。
そう言えば、森高千里の「渡良瀬橋」は、この足利の街を夕日がきれいな街として歌っています。寒いので、夕日の時間まで待てなかったけど。それこそ、北風が冷たくて、風邪ひいてしまいますから。
なんども悩んだわ だけど私ここを離れて暮らすこと出来ない
「なぜ森高は、足利の街から離れられなかったのかな」と考えながら、東武線に揺られて帰りました。まぁ、森高は熊本出身なので、全く関係がなく、詩に登場する土地なんですけどね。
足利行道山のハイキングを終えて
行程こそ短いですが、浄因寺の美しい紅葉、展望の良い行道山、毘沙門天や織姫神社などの寺社、開放的な稜線と見どころの多いコースでした。都内からは少し距離が遠いので、無理せず日帰りではなく、1泊2日で足利観光と合わせて訪れてみても良いかなと思います。
この日の3か月後に山火事が起きてしまいましたが、また歩いてみたいと思います。
栃木県の南にある山は、これまで太平山、三毳山、仙人ヶ岳などを訪れましたが、知らないだけで、歩いてみると楽しめる山ばかりな印象です。山域に名前がついてるわけではないですが、これからも栃木県南部に埋蔵している名山を発掘し続けます。
コメント
はじめまして。
とても参考になり、いつも楽しく拝見しています。ありがとうございます。
veryblueさんが栃木出身だとは知っていましたが、まさか同じ宇都宮だったとは!?
両崖山の山火事は本当に残念で、当時、足利に勤務していたため、毎日煙がもうもうとしていたのを覚えています。
これからもブログ楽しみにしています!(投げ銭したいレベルで参考にしていますので(汗
>ちよすけさん
初めまして、コメントありがとうございます。
同じ宇都宮出身なのですねー。私は宇都宮の外れですが、もしかしたらベルモールなどですれ違っているかも知れませんね。
そして、奇遇ですね。この登山の2週間後に仕事で足利勤務しました。2日間だけですけど。
また、このブログを参考にしていただければ幸いです!!