7~8人くらいのパーティー、そこそこの大所帯で雪山に登ったことがある。雪山と言っても危険は少なく、山頂まで2時間もかからない初心者向けの冬山だ。パーティは無事山頂に到着し、集合写真を撮影、大人数で登れたという達成感があった。そして各自、お昼の時間となった。魔法瓶に入れたお湯でカップラーメンを作り、パンをかじっていた。そしたら、メンバの一人、男性A氏が「みんなの分のコーヒーを用意してきたよ。」と言った。
その一言が、誰もが不幸になる悲劇なるとは思っていなかった。
A氏は大きめのザックの中から、黒いポーチを取り出した。そこには、コーヒー豆を砕くミル、注ぎ口が細くなったケトル、アルミ製のドリッパー、そして、コーヒー豆を入れたナルゲンボトルが入っていた。
それを見たメンバの女性陣が「凄~い、山で本格的なコーヒー淹れるんだ!!」「山頂まで道具を運ぶの大変だったでしょ。」と言う。それを聞いたA氏は、道具の軽量さ、丈夫さを説明する。その顔はどこか得意げである。そうするとA氏は、ケトルに水を入れ、火をつけ、お湯を沸かし始めた。同時にミルでゴリゴリとコーヒー豆を挽きはじめた。慣れた手つきである。自宅のワンルームで入念に練習をしたのだろう
持参した紙コップにドリッパーをセット、挽いた豆を入れ、沸かしたお湯を注ぐ。鼻息も凍る世界にアロマの香りが漂った。
しかし、ここで致命的な計算違いが発生する。一度にお湯を沸かす量は限られていて、一度に全員分のコーヒーのお湯を賄えなかったのだ。メンバの一人が魔法瓶のお湯を使ってと言う、そのお湯は食後に自分で持ってきたホットドリンクを飲む用だったのではないだろうか。
計3ターンの沸騰を待つことになった。雪山の山頂はマイナスの世界。じっとしていると体の芯から冷えてくる。紙コップ一杯の温かいコーヒーを飲んだところで挽回は不可能である。
優先された女性陣はコーヒーを飲み切り、最後の沸騰のターンを待つまでとても辛い時間だったろう。ザックに詰めたすべての防寒具を着込んでも震えている。
メンバの大半は一刻も早く下山したい雰囲気がそこにはあった。が、誰もそれを言い出せなかったのである。
「山で飲む挽きたてのコーヒーは最高の贅沢」
登山界にはコーヒーという信仰にも似た情報が流布されている。確かに自然、アウトドアで飲むコーヒーは美味しい。しかし、それはなにも山頂でなくても美味しく、極限の環境ではむしろ美味しくない。コーヒーを美味しく飲むには、リラックスできる環境もまた重要である。
A氏はこの日のために良いコーヒー豆を仕入れたのだろう。コーヒー豆そのものの味と香りを感じてほしいのか、ミルクと砂糖は持ってきていなかった。私の所感ではあるが、雪山で飲むなら、ミルク入りの砂糖がじゃぶじゃぶ入った、下品な甘さのコーヒーいやカフェラテが良い。むしろ、ココアがベストである。 コーヒーに関しては、私は最初の登山から失敗している。山頂で飲むコーヒーが美味しいと登山漫画で見たので、自宅から魔法瓶にコーヒーを持参した。10月だったが気温の高い日で、疲労困憊で登った山頂では、熱々のコーヒーを全く飲む気が全く起きなかった。結局、下山したトイレで全部処分した苦い思い出がある。コーヒーだけに。
これは非常に身近に起きる悲劇だ。
誰もが加害者に、誰もが被害者になりえる。こだわりの押し売りは、時に全ての人間を不幸にすることがある。コーヒーを山で飲むことは悪いことではない。ただ、全ての人が山でコーヒーを飲みたいと思っているわけではない。新しい悲劇が生まれないことを願うばかりである。
コーヒー飲むとすぐにおしっこ行きたくなるのが難点
コメント
これもわかる!持って行ったけど飲まなかったパターンはありますね。レモンティ飲みたい…って思って下山後CCレモン飲んだりします。
良かれと思っては時と場合でプラスにもマイナスにもなる効力がありますね。
A氏さんに対するディスリスペクト感が文面にちょこちょこ見え隠れしてる気がするのは。。気のせいですよね!
CCレモン美味しいから仕方ないです。
日本人特有の調和を乱さないふるまいって、誰かの善意の暴走を止められなくなりますね。
まぁ、彼は良い人です。その後は、一緒に登ってませんけど。