2014年11月24日
奈良県と三重県にある倶留尊山に行ってきました。標高は1037mです。
奈良県の北東部にある曽爾村からアクセスするのが一般的で、ススキの群生で有名な曽爾高原を一緒に歩くことができます。
休日には京阪神からやってくる登山客や観光客で賑わいを見せます。
11月下旬は秋も終わりに近づき、北部の高い山では雪が積もり始める時期です。
最後の最後まで足掻いて秋を追い求め、季節を渡るハイカーとして、秋の終わりを彩る黄金色の旅をしてきました。
倶留尊山(曽爾高原)について
地図
曽爾高原の駐車場を出発し、曽爾高原を通過し、亀山峠を登ります。亀山峠からは二本ボソのピークへと登り、登り返しで倶留尊山の山頂に至ります。
※コースタイムは参考にならないので記載なしです
倶留尊山(曽爾高原)登山
曽爾高原から見る御来光
前日の大峰山(八経ヶ岳)の登山を終えて、曽爾高原近くのキャンプ場に到着し、就寝したのは23時を回っていました。
テントサイトはほぼ埋まっていましたが、自分たちが到着する時間帯は宴もたけなわになっている状態で、炭の残り火がパチパチと静かに響いていました。
キャンプ場から曽爾高原に移動し、日の出を見るために早朝に出発。
夜明け前の曽爾高原は誰もおらず、静まり返っております。
ススキの群生地は陰っており、穂先も開いていない。ただ、その規模感のすごさだけが伝わってきました。
曽爾高原の麓から坂道を登り、20分弱で稜線に出ます。
倶留尊山とは反対方向の亀山峠へと歩いて行きます。
この稜線は奈良県と三重県の県境となっています。京都→滋賀→奈良→三重の1府3県を2泊3日で回る無計画性は無謀と言わず何という。
日の出の見れそうな場所で待機開始。
既に若いカップル(パーカーにスニーカー)が日の出を待っていました。静寂の二人の時間を過ごしていたのに登山の格好をした男二人がずかずかとやってきて、「撮れ高」やら「位置が悪い」などワーワーしているのを横目に、さぞかし不快に思っていたことでしょう。
6時40分に東の空から太陽が昇り始めます。
ススキと御来光。
たぶん、曽爾高原で撮る意味はないよねって写真ですが…。
キャッチ・ザ・サン。
関西最終日の幕が切って落とされました。
最終日も天候には恵まれ快晴で、太陽が出ると同時にポカポカと陽気があります。
それでも11月下旬の高原テント泊の夜の寒さは厳しかったです。全身に防寒肌着をダウンを着て寝ました。
曽爾高原の上空に渡り鳥のような雲が印象的に浮かんでいました。
さて、問題が一つあります。
ご覧のように早朝では曽爾高原には陽があたらず、これではススキが元気になびく姿を見ることができません。
曽爾高原に陽が当たるまでの時間稼ぎに倶留尊山を登山します。
羊雲が秋を目いっぱいに主張しています。
現在地は奈良県なのだから、最終日は観光を少しして、ゆっくり帰るというのが正しい。しかし、そこは登山者であるという前提条件があるわけで。
男はめんどくさい生き物です。
曽爾高原は東側の山の斜面によってまだ光が当たっていません。亀山峠の分岐点から倶留尊山までは1.5キロほどの道のりです。
倶留尊山登山
曽爾高原付近は高い木が生えていません。
一方で、倶留尊山に向かう道中は、杉の樹林帯になっていました。
日本中どこにでも存在する見慣れた樹林帯風景です。我々の業界で言うところの奥多摩のような樹林帯。
倶留尊山は国や県が管理している自然公園などではなく、私有地なのです。
早朝であるため管理棟は開いておらず、ポストに入山料500円を支払うようになっています。
7時56分 二本ボソ
ひとつ目のピークである二本ボソに到着しました。山頂に二本の巨大な「ホソの木」があったことから付けられた名前らしい。
兵庫登山会の設置した雑な看板があったけど、私有地だから断れば設置できるのかな。当ブログのURLを書いた看板を置いていいかな…。
展望は樹林の隙間から少しだけ。
二本ボソから見た倶留尊山の山頂方面。
時間にすれば30分~40分程度ですが、「下ってから登らないといけないのか…」と最終日による脱力具合を感じる。
道幅は狭いが、歩きやすい稜線です。
樹林帯の一部ではまだ紅葉が残っている箇所もありました。
登り返す部分は一部岩の斜面になっていて、ロープを頼りに登る箇所がありました。
8時19分 倶留尊山
管理棟のある場所から30分ほど短い登山でした。展望は樹林によって遮られ、隙間から少し見える程度。
Saku氏は琵琶湖が見えるんじゃないかとウロチョロしていましたが、さすがに遠すぎて見えないんじゃないですかねェ。
非常に地味な山頂ですが、日本三百名山というブランドを冠しています。
自分らの後に60~70代の老夫婦がやって来ました。二人は茨城県からやってきて、三百名山を巡っているようでした。高見山などあまり関東民に馴染みのない山を連休中楽しんでいるようでした。
この旅恒例の山頂の看板に向かってダイブする写真を撮る。
劣化が激しすぎやしませんかね…。
黄金色に染まる曽爾高原ススキ群生
再び、曽爾高原に戻ってくると太陽が昇り、日の当たる面積が増えていました。太陽を利用した時間差トリックの完成である。
黄土色に見えている部分は全てススキという壮大なスケール。
人間の背丈ほどあるススキが風に揺れて、葉がこすれ合う音が聞こえてきます。
ススキが道端に生えているとなんとも思いませんが、これだけ群生していると見応えがあります。
冬への向けて全力で生命力を躍動させている姿は活力を与えてくれます。
昔は茅葺きの屋根に使われていたり、家畜の飼料に利用されていたので、身近な場所にススキはあります。現在ではそういう利用法はなくなってきたので、雑木林に遷移しているのだとか。
生命力が強いので、一度庭先に育つと駆除するのが大変らしい。
美しい黄金色の絨毯です。
曽爾ではススキは家の屋根や炭俵(炭を詰める俵)の材料に使われていました。
山に囲まれている曽爾村では、交通事情も悪かったことから、屋根瓦が手に入りにくかったため、村の屋根はススキや杉の皮でした。
曽爾高原のススキは自然発生的なものではなく、人工的に栽培されたようです。
稜線上から曽爾高原を見下ろす場所でしばらく遊んでいたのですが、「そこは立ち入りできません」と下から注意されてしまったので撤退。
ススキは竹と同様に地中に根を張り巡らせているので、他の植物の付け入る隙がないようです。
現在の曽爾高原のススキは、世界遺産の白川郷・五箇山の合掌造り集落を始めとした全国にあるかやぶき屋根(ススキを材料とした屋根)の材料に使われています。
日本各地に保存されている茅葺きの屋根は、曽爾高原などの群生地から運ばれてくるんですね。
?
満足したので曽爾高原の麓まで降ります。
午前中の陽光に照らされ、輝く穂先。
鳥かごみたいな灯籠が設置されているのは、夜間ライトアップをしているようです。
駐車場から僅か5分なので、素晴らしい景勝地です。
関西中部圏では有名な場所なのでしょうかね?自分が曽爾高原の存在を知ったのはSNSでたまたま見たからです。
ススキの群生の中にはひっそりと亀池があります。
太陽が西側に傾いてきた時刻がより優れているのでしょうが、そこまで待っていたら帰れなくなってしまいます…。
キャンプ場で寝るためだけではなく、キャンプを楽しみつつ、しっかりとタイムスケジュールを組んで、夕日に照らされるススキを見たいです。
駐車場に戻ってきたのは10時20分。
続々と観光する車やバイクが停まっていて、大型バスが何台も停車していました。
売店でおばちゃんが作ったという蜜柑を混ぜ込んだ熱々の饅頭を購入。甘い柿も試食させて頂き、秋の味覚を満喫。
例年だと11月連休は雪に閉ざされるという話だったので、元気なススキを見れたのは我々が持っているということか。
キャンプ場に戻り、張りっぱなしだったテントを回収。
夜露で濡れていたテントはカラッカラになっていたので、ここでも時間差をうまく利用したことになる。
兜岳、鎧岳という甲冑系の名が付けられた山の景勝地になっていて、威圧的な存在感を放っています。こちらを登山してみるのも楽しそうです。
お亀の湯はぬるぬるの美人湯、曽爾村を満喫する
曽爾高原温泉「お亀の湯」で関西三日間の疲れを癒やします。
美人の湯を謳っているだけあり、ぬるぬるとしたアルカリ性の泉質でした。
行楽客やツーリング客で混雑していましたが、露天風呂はかなり広々と作られていて、兜岳・鎧岳の展望がピカ一。
曽爾村では地ビールを作っているようで、大体的に販売されていました。
山の恵も売っています。
ヤーコンと呼ばれる南米原産のキク科の植物の根っこが特産品で、ヤーコンソフトを名物として売っていました。根に糖分を含んでいるため、ソフトクリームとして食べると上品な甘さが美味でした。
こちらも名物のこんにゃく。
ご当地グルメを複数抱えていて、村の発展に力を入れているようでした。
短く長い関西の旅を終え、帰京します。
三重県の名張市の県道は道幅が狭く、すれ違いが大変な道でした。
切り立った渓谷沿いであり、紅葉の名所っぽいところがいくつかあったので、対向車が多く難儀。
青蓮寺湖は凪の状態で、鏡面のようになっていました。これが三重のウユニ塩湖か。
三重だけど本場どて焼きで旅を〆る
名阪国道の伊賀上野SAに立ち寄りました。
宇宙感のあるフォントが時代を感じさせ、掠れた文字が風格あるたたずまい。
個人的に食べてみたいお店がここにありました。
「味のお福」というどて焼き店です。
瑞牆山の帰りに甲府でどて焼きを食べていますが、こちらは本場です。本場と行ってもここは三重県なので、微妙なところですが。
店内はカウンター席で、腹を空かせたトラックドライバーがさっと飯かっこめるような作りになっています。
一枚板が歴史を感じさせる。
どて焼き以外にもおでんが主力商品。
ちなみにおみやげも可能で、ビニール袋にどて焼きやおでんを入れてもらえます。
どて焼き定食におでんの大根をプラスしました。
値段は1150円と少し高く感じますが、量が多く、丁寧に煮こまれた牛すじと味わいの豚汁がたまらない。
口に入れた瞬間、ホロホロと溶ける牛すじはしっかりと味を染みていて、飯泥棒でした。関西の旅に相応しい最後の一皿を食べ、東京へ帰る活力を付けました。
名古屋近郊の荒い運転と渋滞に悩ませられながら、海老名サービスエリアまで帰ってきました。
15時にどて焼き屋を出発し、21時に海老名サービスエリア。往路の1.5倍掛かっている。
とりわけ極端にうまくはなく、微妙に高いラーメンを食べ、関東に戻ってきたんだという実感がわきます。
11月下旬の連休。
関西の秋旅は目一杯の時間と疲労感をもって、足早に駆け抜けていきました。
倶留尊山(曽爾高原)の登山を終えて
倶留尊山(くろそやま)の単体では面白くはないですが、曽爾高原の360度広がるススキの群生規模には圧倒されました。
黄金色の穂を目で楽しみ、風に揺れる音を楽しめる、優秀な景勝地でした。
曽爾村事態も農作物をうまいこと売り出し、自然を楽しめるようなアクティビティを工夫している良い村だと思います。関東からは距離がネックですが、また訪れたい場所です。
1日目は武奈ヶ岳登山(比良山横断)と京都紅葉ライトアップ散策、2日目は大峰山(八経ヶ岳)登山、3日目は倶留尊山登山と曽爾高原ススキの群生と関西の秋を満喫する旅になりました。
山脈を横断してからの寺院巡り、ヤンキーがたむろっているパーキングエリアで力尽きる、チェックイン時間の過ぎたキャンプ場で無理矢理頼んで寝る等、男二人じゃないと出来ない旅でした。
「いい大人がする旅じゃない」と重々承知していますので、ご認識おき下さい。
関西地区の登山をこれからも積極的にプランニングしていきたいと思います。
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