あったらあったで便利だけど、なくてもいいかなっていうのが最終的な結論。
これから語ることは、都内在住で車を通勤に使用しておらず、登山歴8年程ということを念頭において欲しい。
さて、自分は登山を始めて2~3年目の頃に非常に車が欲しかった。
――ある夏の日の水曜日
「週末の天気よさそうだし、山に行くかー」と思い立つ。
マイカーを持っていない自分は、電車とバスを利用せざる終えない。行く山によるが、登山口まで向かう夜行バスを予約しなければならない。金曜日夜発の便は、週末の時間を目いっぱい使いたい登山者に人気だ。特に三連休やお盆休みの予約は、数ヶ月前に満席になることがある。血眼になりながら、予約サイトで空席を探さなければならない。
運よく空席を発見できたとしよう。更にここからが大変なのだ。
ローカル線やローカルバスに乗り換えが必要な場合がある。特にローカルバスは曲者で、乗り換え案内アプリで対応していないことが多い。山の麓にある田舎のバスの時刻表は、そもそもデータ登録がされていないのだ。バス会社に所属するパソコンに詳しい人が作成したと思われるホームページで、「この時刻表は信頼できるのか?」と、懐疑的な気持ちになりながら調べなければならない。とある山で、デマンドバスに乗り込んだ時、病院に行く老人しか乗ってこなかった時があったりもした。
公共交通機関の時刻表が出揃ったら、登山行程と組み合わせて、詳細なタイムスケジュールを作成する。登山に時間が掛かって、帰りの便を逃してしまったら、フクロウの鳴き声がする山奥の中に取り残されてしまう。都心と違って、飲み屋、カラオケ、マクドナルドで朝を待つことはできないのだ。
そして、金曜日当日。
週末に向けて仕事を片付け、金曜日の夕方「私、定時で帰ります!!!」と、足早に会社を発つ。帰宅してからゆっくりできる時間はない。急いでシャワーを浴び、歯を磨き、身支度をして、前日までにパッキングしたザックを背負い、玄関を出る。家にいる時間は、2時間もないだろう。夜行バスが発着している場所は、東京駅、新宿駅のような大きなターミナル駅だ。金曜日22時を過ぎた電車は、帰宅を急ぐサラリーマンと酔っ払いで溢れ返っている。周囲の邪魔にならないようにザックに気を使いながら乗り込む。車内はアルコールの臭気でむせ返っている。つり革でうな垂れているサラリーマンの汗ばむ腕が、自分の腕に触れる。駅の片隅にある、誰かの残した逆流物に気を付けなければならない。都会の夜中は「○危マーク」だらけである。ターミナル駅に着くと、混雑するホームをかき分けて、バス停を目指す。登山者が目立ち始め、同じ戦地に向かうようで少し頼もしくもある。
夜行バスに乗り込むが、登山の夜行バスは快適な環境とは呼べない。4列シートがほとんどで、前後の席の間隔が狭い。
厄介なのが睡眠導入剤として、缶ビールを煽っている中高年層だ。酒臭い上に、消灯するまで声がでかい。登山靴を脱いだ靴下が、今にも臭ってきそうだ。その上、夜行バスに慣れているので、寝つきが早い。大いびきをかきはじめようものなら、中央道から相模湖に放り出したいくらいの殺意がわくだろう。一人で予約して、そんなのが隣に座ったら、前世で相当な悪行を働いたのかと諦めるしかない。
都内を23時頃に出発するバスだが、登山口のある山梨と長野は3時間~4時間で着いてしまう。バス会社は暗闇の中に乗客を放り出すことはできないので、諏訪湖SAあたりで時間調整が入る。寝付けない場合、これが相当のストレスになる。エンジンがかかったまま、進むことのない暗闇のバスの車内はまるで奴隷船だ。
目的地に到着する、体はどこか疲労しているが、バスから降りるとひんやりした新鮮な山の空気に目が覚める…わけもなく。これから、あの頂を目指さすのだ。
…そりゃ、車が欲しくなる。
面倒な予約、満員電車の移動、夜行バスの苦痛、それらの全てから解放されるのだ。しかし、現実問題として、通勤で車を使わない限り、都内で車を持つことは贅沢でしかない。
前述した通り、登山を始めて2~3年の頃は車が欲しかった。喉から、いや、肛門から手が出るくらいに。
しかし、今振り返ると車が無くても何とか登山をやれているのが事実。
それどころか、車が無いからこそできた経験が沢山あった。
例えば、面倒だと思っていた時刻表のパズルが楽しくなってきたのだ。
2015年の秋に四国の石鎚山では、たったの1泊2日で飛行機・夜行バス・ロープウェイ・路面電車・高速バス、あらゆる交通機関を駆使し、サラリーマンの限界と思えるような旅を完遂させた。一つ一つの時刻表を調べ、ノートに書き出し、それぞれを連結させていく。最終的に完成したノートを見て、まるで美しい絵画を描いたかのようにうっとりした。
また、東京で暮らしている上では決して見れないローカルな風景を見ることができる。
富山駅から立山に向かう地方鉄道は、肥沃な田園地帯を走る路線だ。薄暗い木造の錆びれた駅で、地元の中学生が朝練のために乗車してくる。早朝から賑やかな彼らは今週のジャンプの話で盛り上がり、「○○中のやつは頭いいからよー」と全く知らない学校の話をしている。千葉県房総半島では、バス停に向かって歩いていると、おばちゃんが寄ってきて、食用の菜の花をもらった。丁寧に調理方法も詳しく教えてくれた。
知らない土地の些細な日常の1ページだが、テレビでもラジオでもブログでもSNSでも見ることができないもの。生活路線に乗らない限りは見ることのできないシーンだと思う。
車は登山で一番高い買い物と言われている。
車があった方が当然のごとく便利だ。夏はアルプスに登り、冬は雪山に挑戦、と言うのであれば、今すぐローンを組んでSUVを買ったほうが良い。
自分は今でも車を所有していないが、購入欲がムラムラしていた頃にローンを組んで買わないで良かったと思っている。金銭的な余裕が8割を占めているが、後先考えずに買っていたら、出来なかった旅があるなと振り返るたびに思う。2時間に1本しか来ない電車を待ったり、時刻表通りに来るのか怪しいバスを待ったり、遠回りで面倒な旅をしなかっただろう。旅というのは不思議なもので、苦労をした時の記憶は強く残るもので、年が経過するごとに美化されていく。
最後に何を言いたいかっていうと冒頭で書いたが、車は「あったらあったで便利だけど、なくてもいい」になる。正確に言うと車の購入は焦らず、遠回りで面倒な旅を楽しむのもありってこと。
何より、「登山に行きたいけど、車出すから行かない?」と、誘ってくれる人に出会えたのが一番良かったことで、この話はまた別の機会に書きたいと思う。
コメント
いいですねー。
遠回りで面倒な旅ほど、残る記憶の色が濃い気がします。
大月周辺とかで電車使ったルートを組むと、車で登山口ピストンとは違った楽しさが新鮮ですね。
自分は運転も趣味の一つなので金食い虫でも車は必需品ですが、車無しの楽しみ方に詳しい人が羨ましく感じる時もありますね。
コメントありがとうございます
私は子供のころにミニカーに夢中になっていましたが、車を趣味にするに至りませんでした。
運転もできる限り、人にしてもらいたい社長体質です(ぇ
助手席に座ることが多いので、運転手より道路事情に詳しかったりするのが自慢です。人の3倍は働きますよ。
車だとどうしても目的地間の移動になってしまいますよね。
道路網の発展で、ますます山間部の路線は減っていくかもしれないので、まだまだ電車とバスに乗り続けます。
車でも電車と組み合わせたプランは自分もよくします。
甲武信ヶ岳の縦走でもその方法を使いました。
ご無沙汰しております。
このシリーズ、とてもツボです。元々公共交通機関しか使わない私としては、特急あずさが全席指定になったことがつらいです。
自分のブログはほとんど更新していないですが、冬は毎年恒例の谷川岳と初の雪山3,000メートル峰ということで乗鞍岳に行きました。春になってからは奥多摩ばかりですけど。GWは大菩薩は行きました。下山して小菅の湯に下りて温泉に入っていたら雷雨というか雹が降ってきましたが、山中で雷に打たれるよりマシでした。
今夏は3年ぶりに南アを縦走したいですが、南アこそ車がないとアプローチに苦労するので悩みどころです。
>icyfireさん
お久しぶりです。コメントありがとうございます。
特急あずさ、全席指定になったのです。知りませんでした。
登山者視点で考えると、あずさも料金がグッと、それこそ外国なみに安くなり、便数も増えればよいのですけど…。まぁ、これから進化することはないかなと。
意欲的に登られているようで、何よりです。
久しぶりに大菩薩嶺や奥多摩に足を延ばそうと思っても、予定が詰まったり、天気が悪かったりで、なかなか行けていません。
南アルプスの縦走はアプローチが大変ですよねー。3年くらい計画していますが、今年も行けるかどうか…。
夏はまだ始まっていないので、じっくり機会をうかがいます!!
私は登る山に前日入りして車中泊するスタイルなので、移動手段兼宿にもなる車を重宝しています。
車の運転が好きなので、渋滞などが苦にならないのも、車をメインの移動手段とする理由の一つです。
とはいえ、電車やバスでしか味わえない旅情というものもあるので、たまにはやってみたくなりますね。
とくに甲信越の山々は、ぜひ電車旅で訪れてみたいものです。
トミカを集め、ミニ四駆をやっていた自分が、車が趣味にならなかったことが不思議です。
自分の両親は車が好きなようで、別に改造とかをやっているわけではないですが、キャンプ道具を積んで車中泊をしたことが何回かあります。
渋滞が苦にならないのは、それはもう特技と言っていいかもしれません。
自動運転技術が発達しないかなーと思っています。
ただ、車の運転が趣味の人にとって、自動運転ってどうなんだろうと疑問に思っています。
登山とローカル線の組み合わせは旅感味わえるのでとてもいいですねえ。
松本から新島々までいく電鉄も、登山者だけでなく、学生でにぎわったりしているのを見ると、生活の足になってるんだなーと関心します。